2017年8月15日火曜日

意味論入門一歩手前: 余談: なんでタイプ/トークンを言わないんですか?

こういうご感想をいただきました:
一連のポストでタイプ/トークンの区別を導入していない理由について,簡略な説明ともうちょいめんどいの2段階で説明をします.


簡略な説明


一連のポストではあまり多くの用語を導入しない方針をとっていますので,同一の「文」とそのさまざまな「発言」という日常言語に近い用語ですませています.

もし,タイプ/トークンの区別をこれに当てはめるのであれば,次のように対応します:
  • 文:タイプ
  • 文の具体的な発言:文のトークン

こうした区別は,たとえば定評ある飯田 (2002: 14-15) の解説に見られます:
言語表現は,くりかえし用いることができる.だが,それは,金づちが何度も使用できるのとは異なる.たしかに,きのう釘を打つのに使ったのと同じ金づちを,きょう本棚を組み立てるのに使うことができるのと同様に,「雪が降っている」という同一の文を,異なる人が,異なる時,異なる場所で使うことができる.しかしながら,後者の場合,その同一の文は,それが用いられる都度,異なる音の連なりや,異なる紙のうえの異なるインクの配列として現れる.つまり,金づちと言語表現とでは,存在の仕方がまったく異なるのである.(…)文のような言語表現は,それ自体としては,時空中に位置をもたない抽象的存在で有り,それを「使う」ためには,その「事例 instances」である音の連なりやインクの配列を産出することが必要である.音の連なり,インクの配列,あるいは手話の場合であれば一連の動作,これらは,問題となっている言語表現の「トークン tokens」と呼ばれ,抽象的存在である言語表現そのものは「タイプ type」と呼ばれる.トークンは時空的位置をもつ具体的対象であるのに対して,タイプは時空的位置をもたない抽象的対象である.

あるいは,コーパス言語学のスタッブズ (2006: 332) でも次のように区別しています:
文はタイプであり,言語体系の中の時間を超えた単位であるが,事象ではなく,生起することはない.一方,発話はトークンであり,言語行動の単位であって,時間と空間の枠の中で生起し(…)

このように,もしお好みなら,ここまでの議論で使ってきた「文」「発言」をそのまま「タイプ」「トークン」に置き換えてもかまいません.

ちょっぴりめんどい説明


言語の話をするとき,タイプ/トークンの区別は異なる記述レベルで繰り返されます.たとえば,次の文には同じ単語「犬」のタイプのトークン(生起事例)が2つありますね:

  • 「あのはうちのによく似てるなぁ」

ところで,さきほど引用した飯田やスタッブズの用語法に沿えば,この文全体は1つのタイプとしてさまざまな場面で異なるトークンとして発せられうる存在です.つまり,田中さんと山田さんが,それぞれちがう機会に,

  • 田中「あの犬はうちの犬によく似てるなぁ」
  • 山田「あの犬はうちの犬によく似てるなぁ」

――と発言すれば,同じ文タイプが具現したトークンが2つできあがります.

さらに言えば,いったい「文」とはタイプの存在なのかトークンの存在なのかというもっともな疑問がわくだろうと想定すれば,「いや,文とひとくちに言ってもタイプとしての文とトークンとしての文が区別できまして…」とさらに解説を余儀なくされるでしょう.

このように,タイプ/トークンの区別は有用な区別ではあるものの,異なる記述レベルで繰り返し当てはめうる区別なので,まったくの初心者を想定した文章で中途半端に導入するといらぬ混乱を招くのではないかと心配しています.

他方,いま伝えようとしてる論点にとってはさしあたり「文」「発言」ていどの区別で事足りるだろうと思いますので,この一連のポストでは,このタイプ/トークンの区別をあえて導入しなくていいだろうと判断しています.

あと,導入しようと思いながらいまだに登場していない区別に「文・発話・命題」があります.

参照文献

  • 飯田隆 (2002). 言語哲学大全4.勁草書房.
  • スタッブズ,M. (2006). コーパス語彙意味論.研究社.

もう少し読むなら

  • Wetzel, Linda (2006). "Types and tokens," Stanford Encyclopedia of Philosophy

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