2016年11月18日金曜日

ミラー先生の『消費』のサンプル訳をつくってみよう (17)

つづき:
とはいえ,いまのところ,ダーウィン主義者たちはまだ消費者行動のうわっつらを理解したにすぎない.進化論は,生物科学・行動科学の全体でいちばん強力な理論,人間本性を構成する複雑な心理学的適応の起源と機能を説明する理論だ.それなのに,ぼくらが生きる現代の消費主義という秘境の奥深くまでわけいって解明するのに進化論が利用されることがめったにない.たとえば,消費者行動の研究者や学術誌の編集者たちは,たいてい,生物学を疎むバイアスをもっている.そのせいか,〔本書執筆中の〕2008年中盤の時点で,マーケティングに関する主要な学術誌4つ――Journal of Consumer Research, Journal of Marketing, Journal of Marketing Research, Marketing Science――で進化心理学に言及した論文はたった1本しかない.この4誌のどれひとつとして,生物学的な進化論,人間本性,ダーウィン主義,霊長類の行動に関わる論文を掲載したためしがない. 
消費者研究からはほぼ無視されているが,近年,個々人のちがいに関する研究はものすごい進展をみせている――人々の精神がおたがいにどこがどう異なっているのかがずいぶんわかってきた.個人間のちがいに関する研究によって,人間の性格・知性・道徳的美質を考えるのすばらしく頑健で有用なモデルがいくつか登場してきている.人によっては,こうしたモデルは,かつて予想していたのよりもずっと単純に思えるかもしれない.たとえば,人間の性格は人それぞれで異なる「5大因子(ビッグファイブ)」の尺度でかなり正確に表せる.5大因子(ビッグファイブ) とは,次の5つの尺度のことだ:経験への開放性 (openness),良心 (conscientiousness),外向性 (extraversion),調和性 (agreeableness),情動の安定性 (emotional stability).人間の知性は,g因子という尺度ひとつだけでおどろくほど効率よく正確に表せる(g因子は別名「一般知能」「一般認知能力」「IQ」ともいう).あとでみるように,こうした「中核6因子」(Central Six) の尺度(5大因子プラス一般知能)で相手がどんなスコアになっているかわかれば,その人の習慣・好み・価値観・態度がずいぶんと予測できる――それに,そうした特徴を他人に見せびらかすのに入手しそうな製品についても予測できる.6つの尺度は,どれも遺伝で継承されやすい:双子と養子を比較したさまざまな研究から,こうした尺度で個々人にみられるちがいは,家庭の子育て環境やランダムな効果だけでなく遺伝的なちがいでも,少なくともそこそこに予測されることがわかっている.6大因子は生涯をとおしてとても安定しているので,思春期にどういうスコアになっているかわかれば,年を重ねてからのスコアもかなり予測される.6大因子はどれも通常の対人行動で他人に際だって目立ち,無意識であってもとても正確に評価される.しかも,初対面の相手とほんの数分やりとりをしただけでも正確に評価できてしまう.消費者行動とマーケティングをあつかう最近の教科書には,この五大因子(ビッグファイブ)にリップサービスして1~2段落ほど言及するようになったものもあるけれど,よく読まれるマーケティング教科書がこうした特徴に言及することはほとんどないにひとしいし,実際のマーケティングで利用されることもほとんどない.一般知能について論じるのは,マーケティングの理論と実践のどちらでもいまだにタブーのままだ.
進化心理学と個人間の相違の研究が大きく進展したにもかかわらず,その成果はめったに消費主義の理解に役立てられない.なぜなら,消費者研究をやっている人たちで新しい心理学を理解している人はめったにいないし,心理学者でマーケティング・広告・製品開発についていくらかでも知っている人もめったにいないからだ.当然とはいえ,科学とビジネスという2つの業界を架橋するのはむずかしい.科学は,先人たちにうやうやしく権威主義的に(引用というかたちで)敬意を払いながら地道な積み重ねで進歩していく.一方,ビジネス書の新刊に目を移せば,その大半は,100パーセント新規で真新しく革新的で前例のない考え方をもたらすかのような口ぶりで語る.そうやって喧伝することで,企業での講演やコンサル商売で著者が利益を得られるようになる.科学は,首尾一貫してこまやかで検証可能な理論をつくろうとする.そうした理論は,おそろしくとっつきにくい.一方,ビジネス書は要点箇条書きと4象限マトリックスにまとめていかにも単純明快きわまるように話を仕立てあげる.科学者はじぶんたちだけに通じる一貫した専門用語を使おうとする一方で,ビジネス書は奇抜な新しいキャッチフレーズをつくって,いかにもすごい話のような印象をあたえるけれど,本当のところそのキャッチフレーズの意味は誰にもよくわからなかったりする(「ガンホー!」「 億万長者マインド!」「誰がチーズをうごかした?」「リーダーはキリストのごとくふるまいなさい」「カエルをたべてしまえ!」「紫の牛を売れ!」).注意多動性障害かのごとくジェリー・ブラッカイマーのアクション映画の文章版みたいに話がすすむ売れ筋ビジネス書を日頃よく読む人は,本書を読む間はモードを切り替えてもっとゆったりかまえてもらう必要がある――できれば,じっくり考えて判断し思案する余裕をもったモードになってほしい.他方で,科学の学術論文を読むのになれている人たちは,本書がこっちの話題からあっちの話題へといったりきたりするのにしんぼうしてつきあってもらう必要がある.じっくり腰を落ち着けたいときは,本書のウェブサイトにある大量の註釈と参照文献リストに赴いてほしい.


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