2016年10月18日火曜日

ミラー先生の『消費』のサンプル訳をつくってみよう (2)

前回からのつづき:

消費資本主義を理解するには,まず,こんなことを考えてみると助けになりそうだ――「先史時代のご先祖たちは,今日のぼくらの暮らしをみてどう考えるだろう?」 ご先祖たちは,ぼくらのことをどう思うだろう? 彼らの気楽な氏族の生活にくらべて,ぼくらが地位の追求や製品あさりに血道を上げているさまにきっとあっけにとられるだろう.ご先祖たちの目には,現代社会は騒々しくてややこしく思えるだろうし,ひょっとするとどうかしてるように思えるかもしれない.どれくらいどうかしてるか省みるために,ちょっとばかり風変わりな思考実験をやってみよう――時間旅行とレーザーの思考実験だ.
【クロマニヨン人から消費者へ】 
もし引き受けてもらえるなら,これが諸君らの任務だ:タイムマシンで3000年ほど昔に飛んでもらう.先史時代のフランスでかしこいクロマニヨン人を探してほしい.(相手の言語はどうにかしてしゃべれるものと仮定する.) クロマニヨン人に,現代の消費資本主義のシステムを説明する.相手がどう思うか,聞き出してほしい.現代では繁栄も余暇も知識もとどまることなく増大していく展望があると知って,クロマニヨン人たちは「だったら自分たちもひとつ農業とやらをやってみよう」という気を起こすだろうか? 鶏やブタを飼い慣らして育てたり,外壁に囲まれた街をつくったり,お金を使い始めたり,階級をつくったり,派手な消費をひとつやってみようかと彼らは思うだろうか? それとも,それまでどおり,火打ち石と洞窟壁画のオーリニャック期旧石器時代の文化水準に停滞したままでいる方がいいと思うだろうか?  
この任務を引き受けて,タイムマシンで大昔に行ったとしよう.しばらく探し回って,とある晩にクロマニヨン人を見つけて,レーザーポインタを見せてひとしきり面白がってもらったりなんかして関心を引く.1時間ほどたって落ち着いたら,いよいよ本題に入って,説明を切り出す――「ぼくらの文化はとてつもなく豊かで,いろんな品物やサービスを見せつけ合っては自分の人となりをありとあらゆる方法で何百万人もの他人に誇示しているんですよ」 自分がいかに大した人物なのかを誇示するものを手に入れるために,そうした品々やサービスを「お金」で「買う」ということ,そして,そのお金は「技能労働」で稼ぐことを説明する.そして,彼らに請け合ってやる――「いまの火打ち石で火をおこす暮らしをほんの数千年ばかり続けていけば,やがて,洗練された文化的発明をあれこれと楽しむようになるんですよ.」 たとえば,結腸洗浄だとか YouTube だとか.
うまく説明がすんだら,彼らの反応をはかる段階だ.キミは,相手が訊ねてくるいろんな質問に答える.「ほうほう,なるほどなるほど」と熱心に話を聞いていたジェラールという有力な大人の男は,どうやら合点がいったらしい.ただ,ジェラールにはいくつか引っかかる点がある――現代人の耳にはどうしようもないほど性差別的に聞こえる質問だけど,心底から好奇心を抱いて発したことなので,科学的客観性の精神にのっとり,彼らの質問に正直に答えてあげなきゃいけない,とキミは思う.ジェラールは,こんな風に訊ねる: 
ジェラール:未来人さんよ,それじゃあ,その金ってやつでよ,俺のガキを孕んで育てる気になってくれる賢くて若い女を20人ほど買えるのかい. 
キミ:いや,ジェラール.奴隷制度は廃止されているから,生殖のための配偶者をお金で買うというかたちでは繁殖の成功は提供できないんだ.売春婦はいるけれど,たいてい避妊するよ. 
ジェラール:へえ.じゃあ,女どもの気を引いて,俺とつがって子供をつくりたいって気にさせにゃならんわけか.かしこさや威厳だとか,話やジョークをうまくしゃべる能力だとか,身長や男らしさは金で買えねえの?  
キミ:買えないな.でも,啓発本を買ってちょっとばかりプラセボ効果にひたるくらいならできるし,ステロイドを買えば筋肉量と怒りっぽさを3割増しにできるよ. 
ジェラール:なるほど.じゃあ,女をとりあうライバル連中が死んでくれるのを辛抱して待つか.100歳まで生きる寿命は買えるかい?  
キミ:それも買えない.でも,現代の医療はすごいから,期待寿命を70年から78年に伸ばせるよ. 
ジェラール:あれもだめ,これもだめか.むかつくな.ライバルどもをぶっころす最新の武器は買えるのか? とくに,あのクソやろうのサージを殺すのにちょうどいいやつだ.あと,ヨソの氏族の男どもも皆殺しにして,連中の女をかっさらってやりてえ. 
キミ:買えるよ.その用途なら,AA-12ショットガンが効果的だろうね.対人用の高性能散弾を1秒に5発撃てる.おっと――ただね,たぶんそのライバル連中も他の氏族の連中も同じショットガンを買うと思うな.

ジェラール:なんだ,じゃあ,ただ氏族抗争がもう一段キツくなるだけか.それに,そんなブツがあったら,氏族の血の気の多い若え連中がもっと殺し合いをやりだしそうだ.だったら,いまのツレで満足しとくか.ジゼルってんだ――あいつの永遠の献身を金で買えるか? なんどもイカせてやって,ぜったい俺を裏切らないようにさせられねえかな. 
キミ:いや,実はね,資本主義でも夫婦どうしの裏切りは相変わらず続いてるんだ.本当の父親がわからないって話はいまでもよくあるよ. 
ジェラール:ジゼルのかあちゃんや姉妹連中はどうなんだ――金で買ってあいつらの心根をもっとやさしくして,俺の欠点にあんまりガミガミ言わないようにさせられねえの?  
キミ:ざんねんながら,ムリだね.

とりあえずこんなところで,また次回.

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