2013年6月5日水曜日

異文化論でいう「ハネムーン期」に,おそらく根拠はない

むかしつくったハンドアウトがでてきた: PDF.

異文化論・異文化コミュニケーションで,異文化体験の「Uカーブモデル」という話がもちだされることがある.これは,根拠があるのかどうかあやしい話で,そのまま真に受けるべきではなさそうよ,という内容.

以下,ハンドアウトそのまま貼り付けておく.


「カルチャーショック」

異なった文化をもつ集団・地域に移った人は,どんな風にその文化に適応するのだろうか?

異文化に接触すると,誰でもなんらかの形でカルチャーショックを受ける.でも,いつまでもそのままなわけではない.

たとえば,次のような紆余曲折の段階があると(かつて)主張された(人類学者 Kalervo Oberg (1960) が提唱):

  • 第1段階:【ハネムーン期】:環境がなにもかも新鮮で楽観的に異文化に接することのできる段階.たとえば,1週間程度の海外旅行で体験するようなこと.
  • 第2段階:【ショック期】:新しい文化に敵対心をもったり,異文化をステレオタイプ的にとらえ,自分と同じ文化から来た人とのコミュニケーションも増える.
  • 第3段階:【回復期】:言語や新たな環境にも慣れて,しだいに文化変容がみられる時期.
  • 第4段階:【安定期】:異文化適応がほぼ完成し,ストレス,心配などがなくなり,新しい習慣が受け入れられるようになった段階.

自文化にもどったときにも同じ経緯をたどるとされる.
  • 帰国して最初の段階はすべてが懐かしく,楽しい.ちょうど上記のハネムーン期にあたる.
  • 第2段階は【リエントリーショック】または【逆カルチャーショック】といわれる.
  • 異文化と比較して,自国の問題や不合理性などに気づき,異文化の方がよく見えて,ショックを受けるのだという.
  • 第3段階では,徐々に自文化と異文化とのバランスのとれた見方ができるようになり,回復期に向かう.
  • 最後には,自文化にもどったときのストレスもなくなり,自文化の価値観,行動様式なども受け入れられるようになる安定期に達する.

異文化への接触と自文化への帰国をあわせて,次のような図がしばしば使われる:



異文化接触の部分が U の字なので「Uカーブモデル」
さらに帰国期間の U の字も合わせて「Wカーブモデル」とよばれる.

Wカーブモデルは「事実」か?


視覚的にわかりやすい(?)図をそえて紹介されることの多い Wカーブモデルだけど,いまの異文化接触の研究では実証的に支持されていないようだ.
たとえば比較的新しい研究をまとめた Ward et al. (2001) では,その問題点をあげて批判的に紹介している.

たとえば:「ハネムーン期」はおそらく存在しない:

長期にわたって移住者を追跡した調査では,最初の数ヶ月間は「ハネムーン」どころか苦悩を経験することを示している.

Ward らの共同研究
  • ニュージーランドに留学したマレーシアとシンガポールの学生グループをインタビューで調査.
  • 最初の1ヶ月目と6ヶ月後,12ヶ月後にインタビュー.
  • 調査の結果は逆U字になったという.つまり,1ヶ月目と12ヶ月目に抑鬱が強かった.
  • とくに,最初の到着まもない期間の抑鬱感を学生たちは述べている.


おなじく Ward らによる共同研究でも同様の結果が報告されている.
  • ニュージーランドに留学した日本人学生へのインタビュー調査.
  • 留学生たちは到着間もないときの抑鬱感がもっとも高く,その後まもなく大幅に改善して,あとはゆるやかに向上していったと報告している.

もし「ハネムーン期」が本当にあると真に受けたら,日本にやってくる留学生などの逗留者にすべき対応はどんなものになるだろうか? また,Ward らの研究が示唆するように滞在初期は抑鬱感がいちばん強いというのが本当なら,どんな対応をすべきだろう?


References. 

Gullahorn, J. T. and Gullahorn, J. E. (1963), “An Extension of the U-Curve Hypothesis.” Journal of Social Issues, 19: 33–47.
ヒューマンアカデミー (2009). 日本語教育教科書.翔泳社.
Oberg, K. (1960). “Cultural shock: adjustment to new cultural environments.” Practical Anthropology, 7, 177-182.
Ward, Colleen A., Stephen Bochner, and Adrian Furnham (2001). The Psychology of Culture Shock. Routledge.


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